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pkmnのデンジ・オーバとその周辺を愛でる非公式ファンブログ
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オーバが結構長い間帰ってこなかったという設定
















 凍りつくような夜の闇は闇のまま、工場(こうば)の空気に浸透していた。それでも作業する手元だけを照らすハロゲン電球の熱はいくらか血のめぐりを良くしてくれた。すきりとした冷息から逃れるにはいくぶんこころもとなかったけれど、おかげで意識は自然と作業空間のみに向けられたから、それは心の隙間に入り込もうとする余計なことがらから気持ちを遠ざけてくれるものでもあった。これは簡単な、それでいて効果的なまじないだった。

 無心に作業を続けることはかつてならそれ自体楽しいはずだったのに、今夜はどうも切迫した義務のように感じられてだめだった。こういったものはほんのすこし間があいたからといって調子がわからなくなるようなこともないのに、今日はどこかスムーズにいかないのだ。いじくる機内にひしめく無数のコードには秩序が有るようでほんとうはそんなものは無いのだ。そしてそれは今後もうまれるあてなどない。そんなことを思うと、とうに付け根の冷えた腕は、自然と働くことをやめてしまった。趣味の機械いじりもこの街の季節の気温もこの工場(こうば)もありふれたものでしかないはずなのに、何故かすべてがひどく残酷な隠喩のように思えて、また、はたと、これらに無理にすがる意味などなにもないことに気がつくと、とうとうやる気を全く失った。実のところそんなものは初めからなかったけれど。全体の明りをつける。ふいに視界に入る全てが人工であるこの空間を滑稽にすら感じた。こんな風な事を思うのは初めてでひどく驚いた。


 工場(こうば)から冷えた身体と上着を抱き込めるようにしてひとけのない闇夜の家路につくのは、特段珍しいことではなかった。珍しいことはその昼間におきていた。ナギサに、俺のよく知る真赤が帰ってきたのだ。奴と共に帰ってきたのは他でもない思い出だった。不思議なもので、それは俺にとっては何ら変哲のないはずの街の風景を違うものに変えてしまった。久しく見なかった奴の横顔をながめながら、俺は奴が出る前の、数年前のナギサを歩いていたのだ。そして同時に隣の存在の違和感に気づく。可笑しな話だ。かつての道を歩きながら、肩を並べる奴はかつての奴ではない。その違和感を俺は確かに『不快だ』と感じたのだと思う。

 歩きながらはじめのうちは上手く会話ができなかった。いや、とりとめもない話を挟み談笑しながら、一見それは何の不自然もなく行われているようであったけれど。時はどうしても人を同じままとどめてはくれないし、そういった意識それ自体が二人の会話をどこかぎこちなくさせた。それでも言葉を交わすうちに互いにいくらか調子をつかんできたようで、ああ、やはりオーバはオーバのままだった。――そこにきてようやく心の深奥にじわりと湧き出でたあたたかい情に少しばかり酔いながら、俺は先程感じた身勝手な不快を都合よく忘れた。いまだ景色はかつての色をかすかに残していた。しばらくして近況について尋ねられるとバツの悪い気持ちになったが、隠すこともなかったし、一種開き直っていた俺は淡々と事を伝えた。あとで思うと高揚感に任せてずいぶんと神経の図太いことができてしまったものだ。

「おい…それって…今はジムを完全に閉じてるってことかよ!?」
「…ああ…」

 逐一やかましい声色は昔と何も変わらない。そして変わることなく俺の耳に心地良く響いた。それでもこまかな雰囲気は違ったもので、それは奴の成長を伺わせた。俺はてっきり激怒して噛み付いてくるだろうと思っていたのだ。奴はさきのように叫ぶとあっけにとられたような顔をして、俺の意に反して少しいぶかしがるような、思案するような色を表情に浮かべるだけで、何も言わなかった。代わりに俺の目を両の灰色でじっとのぞいた。相変わらず真っ直ぐな瞳だと思った。―――相変わらす?今までそんな事を考えたことがあっただろうか。―――

昔なら奴の行動は大抵予想できたというのに。感じるのはほんの寂しさだった。


【続】

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