「あ~くそ!!アツイぜ!!!」
本当に熱い。熱っ苦しい。ジャケットはさすがに脱いでいるが、これはかなわない…と思った。視覚がここまで体感温度に関わるだなんて今までは知らなかった。テーブルを挟んだ俺の目の前には普段だって十分にアツ苦しいこいつ、こいつの左手にはどんぶり。そのどんぶりからはこの気温だというのにハッキリと見えるくらいに湯気が出ている。夏の日はやかましいほどに照る。人工の明かりなどつけなくても部屋には十分なあかるさが満ちていた。一方の俺はというと、こちらはキンキンに冷えたそうめんをすする。
つるつる
よい喉ごしのそれは涼しげな音を立てて、この季節本能が欲してやまない塩気と一緒に、体内に取り込まれて、そのまま俺の身体になるのだ――この感じがたまらない。そのはずなのに、爽涼感溢れる音は、こいつのたてた耳障りに響くザブザブというものにかき消されてしまった。しまいにはハ~~とこれまた熱苦しく息をつく。
「不快すぎる…」
「デンジ!おまえは冷たいの食ってるからイイだろが!!」
そう言ってご丁寧に大げさなモーションをつけたのちこちらを指を差す汗だく赤アフロの図。なんとまあ不愉快なことか。
久しぶりにお前ん家でのんびりやろうぜ、この前言ってた挑戦者の話も詳しく聞きたいしな!そうオーバが言うものだから、何か手土産でも持って来いと言っておいたところ、当日こいつが持ってきたのはなにやら立派めの包装につつまれたそうめんだった。贈答品だか香典返しだかの残りの処理に困った遠い親戚が大量に送ってきたらしい。それは四人家族でも食べ切れなかったようで、どうやら俺はちょうど良い残り物処理係になったのだった。
「自分で言い出した賭けだろ、しかもしょうもない…正直言って見ているこっちの方が熱くて死にそうだ」
「よしっ…食い終わった!あーちくしょうやばい本当にあちい」
「…人の話を聞けよ!」
オーバはポットにのこっていたつめたい麦茶を豪快に飲み干すと、着ていたシャツを脱ぎ、その辺にあったうちわでパタパタと扇ぎ始めた。しかしそれでも熱かったのか、脱いだシャツは途中からはもうタオル代わりになっていた。何度でも思うがこれは見ているほうが相当に熱い。
「ふう~…でもあえて夏にアツいもん食べるっていうのも気持ちいいもんだな」
「お前、そんなにして何着て帰るんだ」
「…ん!デンジなんか適当に貸してくれ…!」
「ふざけるな裸で帰れ」
そうめん持ってきたのにそりゃないぜひどいぜ俺が捕まったらデンジのせいだと口を尖らせるこいつを尻目に、俺も冷たいそうめんをたいらげた。オーバは「ああ喉が渇いた」と言いながら、新しい麦茶ポットを取りに台所へ消える。ふと、やつのどんぶりを見ると、なんと汁まですべて飲み干していた。そりゃ喉も渇くしその前にまず熱いだろう。もはやなんとつっこんでいいのもかわからない、が、これがまさにオーバというものだ。そうとしか言いようが無かった。
「おいデンジ!これ食っていいよな」
笑いながら戻ってきたこいつの手には麦茶ポット、そしてもう一方の手にはちゃっかり取ってきたアイスが二つ。
でもそうめんってあんまり食べてると飽きるよな…だから夏の温そうめんも新しくてよし!あとあったかい方がいっしょに飲む冷たい麦茶もうまい、アイスもうまい。きっとデンジが食うアイスより俺が食うアイスの方がうまいぜ。
そうまくし立てながら棒アイスを咥えたこいつを横目に俺もアイスの袋を開ける。口に含む。なるほど冷たいそうめんの後でも申し分ないうまさだ。
「まあ、おまえと食っている限りはそうめんにも飽きはこなそうだ」
「あ?」
どうせ急に冷たいものを口に入れたから頭にキンときたのだろう、こめかみのあたりを押さえながら眉間にしわを寄せている。こいつは本当にむかつくほど、いつも、俺が一番言いたいことを聞いていない。シャツの代わりに部屋着と寝巻きを貸してやるから今日は久々にゆっくりしていけばいい。そんなことを言ってもこいつはどうせ聞いていないんだろうから、俺は余計なことは言わなかった。まったくなんというか、そういうことにしておいてくれ。
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