オーバがナギサを出る少し前のお話。気持ちデン→←オ
ちょっと重苦しいです
彼らを知らぬ者でも、その親しげに談笑し杯を交わす様子から、ふたりの間に在るうちとけたくつろぎや安心が見てとれただろう。彼らは互いに気ごころの知れた古い友人とともにあった。23時をまわるころ、この日店内にはふたりのほかにはちらほらと数えるほどの姿しか見られなかった。
いつものバーのカウンター。
片や今まさに故郷を旅立ちまだ見ぬ世界へ飛び出さんとする者。片や祝福と共にその背を見送る朋友。共に過ごした十数の年月が互いを互いにとってまるで空気の様に当たり前な存在にしていたから、突如目前に現れたごくありふれた―――別れというもの―――は、頭ではわかってもにわかには受け入れがたかったのかもしれない。ふたりはとりとめもない昔話をあえて掘り起こしてきてはそれを肴に飲み進めた。それは無自覚な戸惑いの表れだったのかもしれない。
「オーバ。
俺はたぶん、お前のことが好きなんだと思うぞ」
しばらく飲み交わしお互いに気持ちよく酔いに身を任せはじめた頃、冗談めかした調子でデンジはそう言った。俺はデンジを見やった。デンジの表情は変わらずアルコールで十分に上気していたのだが、顔を向けた俺と目線が合う――――すると、どういうことだろう。とたんにそれは一変した。それまでずっとやわらいでいた表情はここへきてどこか戸惑ったような色を見せ、それはまたこころなしか青ざめたようにも見えたのだった。
―――オイオイ急にどうしたよ?と、笑い飛ばそうとしていたというのに。垣間見えたその表情に気をとられた俺はそのタイミングを見失ってしまった。
それでもその時の俺はとっさに調子のいいことを言い返す程には、そう大分、気分がよくなっていた。手慰みに手にとったグラスを揺らすと氷のカラカラという音が耳に心地よい。また一口。
「いやオイそんなこと言ったら、俺だって、お前の妙に堂々としたところとか
トレーナーとしてのセンスとか。他にも何だ、色々…好きだぜ?」
うおっなんだこりゃ!きもちわりいな!と自分でつっこみを入れつつ歯を見せ景気よく笑うとまたグラスを口に運ぶ。その横顔をデンジは相変わらず色の無い表情で見ていたが、ふ、と息をつきそのまま口元を緩めた。
そして暫くのごく自然な沈黙。
口に含んだカクテルの味がすでにわからないのが、それまで摂取したアルコールの所為ではないことはわかっていた。
(何だってんだデンジ、そんな面白いこと。
まるで思いつめたみたいに言うな。)
オーバは今まで付きあってきた"ダチ"の中で、デンジほど自分のことをわかっているやつはいないと思っていた。またオーバ自身もデンジの一番よき友人であると自負していた。実際に自分の中で言葉にしてみるとどこか高慢なようにも感じるのだが、それは事実だった。二人の仲はあの幼き日の密猟者の事件から――いやおそらくそれ以前から、続いていたのだ。この友情は。べたべたしすぎるでもなくかといって疎遠になるでもなく、互いに刺激し合い高め合いながら、それでいていつも自然体でいることができたから。だから俺たちは親友だった。
だから―――そんなことは当たり前だ。
俺だってそうだ。きっと俺だってお前の事が大好きなんだ。
こんなことをわざわざ、本当にわざわざと考えるのは、普段なら気味が悪いと思うところなのだが、旅立ち前の友との杯というシチュエーションがオーバをひどく感傷的な気持ちにさせていた。
…別に今生の別れってわけじゃあないのに一体なんだってんだ。納得いくまで修行が終わったら、いや、強くなったら―――いつかまたこのナギサへ―――故郷へ帰って、バトルして、今みたいにマスターの店で飲んで―――とりとめもなく語って―――もちろんお前とだ。そんな気楽な『親友』としてお前と―――また同じように。
(こんな必死になって
俺も一体何考えてんだ?)
何故先程のデンジの言葉を聞いた時すぐに心から笑い飛ばせなかったのだろう。
まるで言いくるめるような苦しい返答を返してしまったのだろう。
少し飲みすぎたようだ。
隣に座る友をまじまじと見やると、目線は自然にその形の良い輪郭をなぞった。もはや思考が回っているのかいないのかも怪しい脳味噌で、酔っ払ってもイケメンの横顔はイケメンなんだなぁ、うん、むかつくな、等ととりとめもない事を考え始めていた。すると、俺はふいにこちらに向けられた蒼い視線に見抜かれた。
本人にそう言ったことはないが、デンジのこの目には時に、なんというわけでもなくどきりとする。
オーバはその瞳に吸い込まれるような奇妙な錯覚を覚えた。デンジはまるで普段とは別人かと思うのような、形容するならば、まるで少しでも刺激を与えると簡単に崩れてしまいそうな、それでいて対峙する相手の心を鋭く突き刺すかのような――少なくともオーバにはそのように感じた――危うい、それでいて慈しむような印象をもすら与える…一言でいってしまえば何を考えているかわからないえもいわれぬ表情を浮べていた。(もっともオーバがデンジの考えている事が読めないというのはしょっちゅうだったが。)デンジが口を開いた。
「オーバみたいな、親友…って言えばいいのか?
おいこれ本当にきもちわるいな。ふふ。…お前みたいな『親友』がいることは
ん、正直いうと、嬉しい。
お前がまた戻ってきたら今度はジムでバトルをしよう。
次会う時俺はジムリーダーとして迎え撃つからな」
その時は絶対に俺が勝つ。デンジはそう言い目で笑うと、手元のグラスに視線を戻しゆっくり目を伏せた。親友としてオーバの背を力強く押す言葉に浮かぶ色は普段軽口を叩き合う朋友のそれだったが、そこにはやはり、いつもの飄々としたような雰囲気はないのだった。
それに――――はたしてそれが彼の本当に言いたい事だったのだろうか。
いつもと違うデンジといつもと違う俺。
徐々に確かに湧きはじめたその妙な空気は、無言の時が過ぎるにつれ、しだいにふたりの世界それ自体になっていった。重なる深酒も俺たちにまるでそこに自分たちしかいないような錯覚を与えた。奇妙な世界の中でふたりは、やはり、どちらも沈黙を守るままだった。
今ふたつの心に同じく浮かぶのは、おそらくほんの些細な、実のところは今までも互いに―――気づいていたのかもしれない、いや、目をそむけていた実に些細な事柄だった。放って置きさえすればそもそもあったのかなかったのかさえもわからなくなって、消えさってしまうかもしれない、と思うような。
ほんの些細な事。
だが。これ以上は。
「それ」は確実に危険信号を放っている。親友とて悲しいかな、所詮他人同士なのだった。一度崩れた均衡は誰が直ると保障をしてくれるというのだろう?ほんの一時の別れの感傷は決して責任をとってはくれまい。
「それ」は。いつぞから湧いたのだろうか?この一物は。そしてはたしてどちらが先だったのか。なんにしても「それ」は『なかったこと』になるのが最善なのだった。そう無意識のうちに信じ、確信し、今まで、そう…ふとした瞬間にも…過ちを犯すような事はしなかった。お互いに。そうしてきたからこそ―――――二人は『親友』だった。
そしてこれからも。
――――飲みすぎたか。
響く自身の鼓動が不快だった。
苦しい――――
しばらくの沈黙の後、どちらともなく始めたとりとめない話題。これで存外盛り上がってしまって、妙な高揚感に気を許した俺は、その晩酒に立派に飲み倒された。こんな飲み方をしたのは初めてだった。故郷を離れるのは心寂しくないと言ったらウソになる。いい大人だって郷愁に浸っていいじゃないか。いつまでも帰ろうとしないふたりに決して早く帰るよう促さなかったマスターの優しさに心から感謝した。
(もうすぐ俺は生まれ育った家にも、家族にも、ナギサの空気にも
この友にも、一度サヨナラだ)
もはや何杯目かもわからない酒をキュッとの喉に流し込む。
気立てのいいアルコールはその日デンジの見せた表情や、言葉のひとつひとつ、俺の中の微かなとっかかりと、全て一緒くたにして俺のもとからさらってしまうのだろう。
(それでいい
俺たちにとってそれが一番いいんだ)
俺は思考を中断しアルコールが自らの意識を奪う事を許した。
生まれ育ったこの町を出発する日は、もう間近に迫っていたのだった。
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その日確かに共有してしまった「何か」は、お酒が無かったことにしてくれるから
二人はこれからもずっと親友のままでいられるのでありました
互いに心にイチモツを抱えながらもお互いの為に親友でありたいと思う二人はもどかしくて…ゴロゴロン(萌転がり)
二十歳(仮)のくせに大分飲み慣れているというのには目をつぶって下さい…
しかしこれマスター全部聞いてるし全部察してるよなあ爆
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